sickness_header.jpg


DV(ドメスティック・バイオレンス) 一覧


寂しがり屋の性格による自己愛性人格障害の嫉妬心とデートDV-自由連想法による自己分析・治療235回から、自己愛性人格障害とDV(ドメスティック・バイオレンス)について次のような洞察を得ました。

自己愛人間は寂しがり屋の性格:

私を含めて自己愛の強い(あるいは自己愛障害の)人間は非常に寂しがり屋な性格のようで、その寂しがり屋の性格が恋人との関係において強烈な嫉妬心を生み出すようです。
おそらく恋人が別の男性あるいは女性と話をしているのを見るだけで(たとえば子供の頃の私の体験のような)過去の非常に辛い体験での寂しさが再燃してくるのでしょう。

寂しがり屋の性格が招く自己愛性人格障害と回避性人格障害:

そしてその強烈な寂しさ(意識されるのは嫉妬心)を力ずくで紛らわす(解消する)行為に及ぶのが自己愛性人格障害に近い人であり、反面(私のように)それ以上の寂しさを回避するために人との接触をなるべく避け孤独の道を選び、なおかつ空想の中で孤独な寂しさを紛らわす(解消する)のが抑うつ型の自己愛性人格障害(あるいは回避性人格障害)に近い人なのだと思います。

寂しがり屋の性格による自己愛性人格障害のデートDV:

また(おそらくラストフレンズの及川宗佑(錦戸亮の役)に見られるような)自己愛性人格障害の人によるデートDVなどの暴力行為も、極度の寂しがり屋の性格によるもののような気がします。

自己愛性人格障害の人はおそらく寂しさのみならず回避性人格障害の人が選択する孤独にも耐え切れず*、結果的に寂しさを力ずくで紛らわさざるを得ないではないかと思います。
そして寂しさを力ずくで紛らわす行為がデートDVをはじめとした暴力行為につながるように思えます。
また自己愛の強い人に見られる恋人への独占欲も、それは本質的な欲求ではなく、寂しさを紛らわす必要から生じた心理(いつもそばにいて欲しい・いつも自分のことを思っていて欲しいなど)ような気がします。

*自己愛の非常に強い人間であった三島由紀夫は、生前自分を理想化して慕う取り巻きの人々と一緒でないと、怖くて一人では飲食店に入ることができなかったそうです。

※このブログは自己愛性人格障害の方のデートDVについての考察であり、デートDVあるはその他のDV行為を行う人が、すべて自己愛性人格障害と診断されるわけではありません。

ラストフレンズDVD

デートDVの原因・防止対策 心理学的考察本

自己愛性人格障害 治療・診断ガイド

ラストフレンズ 関連ブログ:
ラストフレンズのDV(虐待)被害者の心理「どうせ自分なんて」-自由連想法による自己分析138回


父の母へのDV:

父のDVによる健全な育児・母子関係の妨害@自己分析で触れた父の母へのDVはその後、「私が生まれる前から始まっており、さらにもっと酷かった」ことが判りました。特に母が一番恐怖を感じた出来事が妊娠中の出来事です。

DVから守られた命☆

ある日、母の口答えに腹を立てた父が、結婚祝いにいただいた金属製の大時計を母に向かって投げ付けました。幸い寸でのところで避けることができましたが、大時計の先は「柱に深く突き刺さって」いました…
「もしこれが頭に当たっていたら…」身の危険を感じた母は「このままでは(父のDVによって)せっかく授かった初めての子供を流産しかねない」と思い、私が無事生まれるまではどんなに腹が立っても二度と口答えしなかったそうです。
私はお腹の中でいつ死んでもおかしくなかったのです…

高校時代には「殺してやりたい」とまで恨んでいた母…その母に命がけで守られて生まれてきた私…なぜ母が(弟と比べて)特に私に対してうるさく干渉したのか何となく判ったような気がしました…

気質でなかった☆

また母の妊娠中からDVが始まっていたことは私にもう一つの洞察をもたらしました。

以前に気質の育児への影響@自己愛性人格障害で、「自分の生まれながらの人格傾向(自己愛性人格傾向)を恨みました」と書きました。しかしDVが母の妊娠中から起きていたということは、その段階からホルモンなどを通して母から大なり小なり影響を受けていたはずです。
おそらく私は胎児の頃から母を通じて外界に対して恐怖心を抱いており、そのため誕生の瞬間から用心深く辺りの様子を伺っていたのではないでしょうか。

自分の自己愛性人格傾向が生まれながらのもの(=宿命)ではなく外界からの影響の可能性もあると知ったことで、自らの人生を呪う気持ちがなくなっていき大変楽になりました☆

DV相談・DV防止 解説本


父の愛情の欠如…

最近自己分析の過程で知ったことですが、実は父は女の子が欲しかったそうです。しかし実際に生まれたのは…弟も含めて二人とも男の子…そのためか父は私たちに父親らしい愛情を注ぐことはありませんでした。母の話によると、父は私たちを一度も抱っこしたり手を繋いだりしたことはありません。
その代わりに父は、父の兄の子供(女の子)のことを溺愛し、「○○はホント可愛くて仕方がない」と母の前でもはばからなかったそうです…

またこれは私も良く覚えているのですが、母が父に対して「もっと父親らしく」してくれるようにお願いしても、そのたびに「お前の子供だろ。お前が面倒見ろ!」と怒鳴りつける(時に殴る)だけでした…

これらのことが平気で言えるのも、父には他人の気持ちを顧みる属性が欠如(=罪悪感の欠如)しているからと考えられ、そのことが父を誇大型自己愛性人格障害あるいは反社会性人格障害と疑うゆえんです。

理想化の旅…

精神分析の理論では、男の子は父親に対して理想化と憎悪という矛盾した感情を抱き、その葛藤(エディプス葛藤)に苦しむそうですが、私にとって父は、ただただ恐ろしく*、また下品**な存在で憧れたことなど一度もありせん。そのため理想化の対象は常に父以外の周囲の男性に向けられました。
最初は年上の親戚から始まり、その後は同級生へと常に理想化の対象が存在し、私はその人々の真似に明け暮れました…音楽・ファッション・生活様式…すべてにおいて理想化対象と同じであることが大切でした…

当時は理想化の自覚などまったくなかったのですが、今から思えば父の替わりに理想化できる対象を探し続けていたのだと思います。
しかしそこには本当の私と呼べるものなどなく、その代わりに理想化対象の価値観をそのまま鵜呑みにした偽りの自己と呼ばれる「空っぽで壊れやすい心」があるだけでした…本当の自己から切り離された私は自分の欲求や感情を感じることなく、ただ無駄に時間を過ごしていたのです…

*関連ブログ:父のDVによる健全な育児・母子関係の妨害@自己分析

**関連ブログ:下品さの投影による会食・嘔吐恐怖症

このページの上部へ

プロフィール

カウンセラー・夢分析家・写真家
プロフィール詳細


サイト内検索

最近のピクチャ