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自己愛性人格障害・自己愛障害 一覧


昨日、考え(アイディア)が止めどもなく溢れて来るのに、同時に体が疲れ切っているため、その考えを記事にまとめることができずイライラするという体験をしました。
まるで心が2つの極端な状態に真っ二つに割れてしまっているかのようです。

一瞬、気分障害のような状態なのかと思いましたが、そうではないようです。
躁鬱病(双極性障害)の躁状態でしたら「疲れ知らず」になるはずですし、うつ病でしたらむしろアイディアなど浮かんでこなくなるはずだからです。

そのため自分の性格である自己愛的な人の気分の変調の特徴なのかもしれないと思いました。
その可能性は十分あるでしょうが、見方を変えると本当は寝不足と疲労で疲れ切っているはずですので、体が変調をきたした心にブレーキをかけてくれているわけですから、これはむしろある程度健康な状態の証なのかもしれないとも思いました。

追伸)自分の心身の状態に気づいてからは、思考に関するハイな状態は治まり、疲労感だけが自覚されるようになりました。


遠慮の背後にある自己愛性人格障害的な甘えの心理-アサーション 目次:

自己分析のきっかけとなった本
アサーション・トレーニング
アサーションによる自己分析
遠慮して注意できない(非主張的自己表現)
遠慮の背後にある自己愛性人格障害的な甘えの心理
非アサーティブな自己表現を自覚するだけでアサーティブな自己表現に変化☆

自己分析のきっかけとなった本:

アサーション・トレーニング

日常の状況や場面を意識し、そのときの自分の言動に気づく(意識する)だけでもアサーションに役立ち、徐々にアサーティブな言動が取れるように変化していく。
(アサーション・トレーニング-さわやかな自己表現のために/平木典子著 P.99 一部改変)

自己分析:

遠慮して注意できない(非主張的自己表現)

このアサーティブ・トレーニングの本の文章を目にしたとき、無意識に日頃お店で他のお客さんに席を奪われたり列に割り込まれたりしても、遠慮して注意できないことが多いことを思い出しました。
もちろんこれは一切腹が立たないからではありません。内心不快感や怒りを感じつつも、それを言葉にすることにためらいを感じて遠慮してしまうのです(T_T)

なお、この私の遠慮がちな態度はアサーション理論では非主張的自己表現と呼ばれています。



遠慮の背後にある自己愛性人格障害的な甘えの心理

しかしそのような非主張的で遠慮がちなときの私の心理状態を自己分析的に観察してみますと、私の心には遠慮することによって単に怒りが溜め込まれるだけでなく、別の心理も生じていることが洞察されました。
それは甘えの心理です。

遠慮して注意できないときの私は、自ら注意はせずに(無意識に)当惑した素振りを見せることで、店員さんが代わりに注意してくれることを期待していました。
その証拠に、店員さんがそのことに気づかずに注意してもらえなかったときなどは内心、他のお客の迷惑になるような行為を注意もせず放っておく店員に対して、あたかも当然の義務を怠ったっているかのような怒りを感じることがあります。

ここでは、いちいち言葉に出して頼まなくても相手が自分の気持ちを自動的に察して望みを叶えてくれることを無条件に期待する部分が甘えの心理と考えられます。

またこのような甘えの心理は、特別意識(特権意識)として自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害)の診断基準の一つに挙げられていることから極めて自己愛的(自己中心的)な心理ともいえます。

そして、そのような自己愛的(自己中心的)な甘えの心理が働くときは「自分に代わって注意してもらえる」当然の権利を踏みにじられたとの思いから、自分は社会から虐げられている・迫害されているとの社会全体への被害妄想的な怒りや惨めさを感じつつ、立ったままコーヒーを飲む羽目になり、そのことで(不当な扱いを受けていることへの)さらなる怒りや惨めさを味わうのです^^;

自己愛性人格障害・自己愛障害の症状・原因・診断・治療・接し方ガイド本

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人格障害の適応障害(社会不安障害)的側面と操作的診断基準の特徴 目次:

ドイツのエリートへの自己愛性人格障害の印象
自己愛性人格障害的な性格が望まれる地域社会・文化もある
適応障害(社会不安障害)としての人格障害
適応障害(社会不安障害)的側面を考慮した操作的診断基準における人格障害の診断基準

ドイツのエリートへの自己愛性人格障害の印象:

エリート教育から自己愛性人格障害は生まれる?に続く、自己愛性人格障害をはじめとした人格障害の診断基準へのさらなる洞察。

上述のブログで取り上げた番組ではドイツの富裕層の子供のみが通うことができるエリート校の学生の生活ぶりが紹介されていましたが、私には(したがって主観的には)彼らエリートの言動が「自分がいかに素晴らしい人間であり、反面所得水準の低い層の子供がいかに堕落した人間であるのか」に終始しているように思えました。
そのため私には彼らエリートが、自己愛性人格障害の診断基準を満たしているようにさえ思えたのです。



自己愛性人格障害的な性格が望まれる地域社会・文化もある:

しかし番組を見る限り、そのエリート学生は人格に問題がある青年どころか、両親にとっては「優しくて思いやりがあり、人一倍責任感の強い」自慢の息子であり、家族の属する地域社会からは将来有望な青年と見られているようでした。

おそらくこのエリート学生の属する地域社会においては、私には自己愛性人格障害としか思えないような尊大な性格が、むしろ社会的に望ましい性格として推奨されているものと考えられます。



適応障害(社会不安障害)としての人格障害:

このように考えますと自己愛性人格障害に限らず人格障害と呼ばれる精神疾患は、その人の性格とその人の属する地域社会で共有される「望ましい性格」との軋轢から生じる、いわば適応障害(社会不安障害)*的な精神疾患といえ、したがってその人が別の価値観を共有する地域社会へと移れば、それまでとはまったく違った印象を周囲の人に与える可能性もあると考えられます。

*この場合、適応障害で規定されるストレス因子としては「あまりにも大きな価値観の違い」などが考えられます。

たとえば先のエリート社会の中に、常に自信満々に振舞うことにためらいを感じるようなタイプの人がいたとしますと、その人は周囲の人から「自分に自信のない弱気な人間」悪くすれば「自尊心に(重大な)問題のある人間」とのレッテルを張られる可能性さえあるように思えます。



適応障害(社会不安障害)的側面を考慮した操作的診断基準における人格障害の診断基準:

この人格障害という精神疾患の持つ適応障害(社会不安障害)的な側面は、DSM-IVやIDC-10をはじめとした操作的診断基準*における人格障害(パーソナリティ障害)の診断基準でも暗に**考慮されているようです。

*症状などの観察可能な現象をよりどころとして診断を下す診断方法。

**ここで「暗に」とあるのは、操作的診断基準には人格障害とは別に適応障害の診断名も存在するためです。

たとえばDSM-IVのパーソナリティ障害の章には、全般的な診断基準として「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験(主観的体験)および行動の持続的様式」との記述があります。

この文面から察するに、人格障害(パーソナリティ障害)という精神疾患の診断基準が、クライエントさんの属する文化で共有される価値観や常識などに大きく依存していることが伺えます。

また同時にこのことは、クライエントさんの属する文化(地域社会)で共有されている一般的な人物像のイメージが分からなければ人格障害の診断もできない、言葉を変えれば人格障害の診断のためにはクライエントさんの属する地域社会のことを詳しく知ることが必要であることを示しているように思えます。

DSM-IV関連本

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