うつ状態(抑うつ状態)とは何度体験しても嫌なものです(T_T)
私の場合は体、特に頭の辺りが何かに包まれて、その何かに押しつぶされそうな不安に駆られます。
そして、うつ状態(抑うつ状態)ですから当然ながら気分が憂うつになり、食欲もあまりなくなります。
さらにその不安と共に、残念ながら結果に結びついていない日々のブログの更新作業が急に虚しく感じられ、その虚しさから急に憂うつな気分に襲われ、結果うつ状態(抑うつ状態)に至ったのでした。
成果の出ないことを延々と繰り返すことの精神的ストレスの大きさと、そのことが引き起こすうつ状態(抑うつ状態)という代償の大きさを思い知らされた出来事でした。
将来に少し期待が持てたことで、うつ状態(抑うつ状態)は回復に向かっていきました。
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そこで今度は認知行動療法のセルフモニタリング法を使って、失禁恐怖症の症状に襲われているときにどのような自動思考*が生じているのかを探索したところ、次のような自動思考が明らかになりました。
*自動思考とは認知行動療法や認知療法の用語で、無意識に心の中で考えている思考の事を指します。
本来自動思考にはポジティブな思考とネガティブな思考がありますが、認知行動療法や認知療法で自動思考という場合、通常それはもっぱら修正が必要なネガティブな思考を指します。
これが失禁恐怖症の症状で不安に駆られているときに心の中で半ば無意識に考えていた自動思考の内容でした。
一度でもトイレに行ってしまえば、それが癖になって死んでしまうに違いないという非常に極端な自動思考から恐怖心や絶望感が生じていたのです。
・失禁恐怖症の不安に駆られても実際には尿が溜まっていないのだからリラックスしても失禁してしまわないはず
・だから失禁恐怖症の不安に駆られたらリラックス法を試せばいい
・リラックス法を試しても、それでもどうしても失禁してしまいそうな恐怖に駆られるときはトイレに行けばいい、本当に尿が溜まっているのかもしれないのだから
(誰でもトイレが近くなるときはある)
こうして認知行動療法により失禁恐怖症に伴う自動思考を変容し、失禁恐怖症の不安に駆られるたびにリラックス法を試しているうちに徐々に家にいて失禁恐怖症の不安に駆られる頻度が減っていき、一ヶ月もすると家にいてもほとんど失禁恐怖症の不安に駆られることもなくなりました♪
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なお、この私の遠慮がちな態度はアサーション理論では非主張的自己表現と呼ばれています。
遠慮して注意できないときの私は、自ら注意はせずに(無意識に)当惑した素振りを見せることで、店員さんが代わりに注意してくれることを期待していました。
その証拠に、店員さんがそのことに気づかずに注意してもらえなかったときなどは内心、他のお客の迷惑になるような行為を注意もせず放っておく店員に対して、あたかも当然の義務を怠ったっているかのような怒りを感じることがあります。
ここでは、いちいち言葉に出して頼まなくても相手が自分の気持ちを自動的に察して望みを叶えてくれることを無条件に期待する部分が甘えの心理と考えられます。
またこのような甘えの心理は、特別意識(特権意識)として自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害)の診断基準の一つに挙げられていることから極めて自己愛的(自己中心的)な心理ともいえます。
そして、そのような自己愛的(自己中心的)な甘えの心理が働くときは「自分に代わって注意してもらえる」当然の権利を踏みにじられたとの思いから、自分は社会から虐げられている・迫害されているとの社会全体への被害妄想的な怒りや惨めさを感じつつ、立ったままコーヒーを飲む羽目になり、そのことで(不当な扱いを受けていることへの)さらなる怒りや惨めさを味わうのです^^;
自己愛性人格障害・自己愛障害の症状・原因・診断・治療・接し方ガイド本
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認知行動療法のコーナー(行動療法の本はたいてい認知行動療法の本と一緒に並んでいます)へ行きなるべく分かりやすく実践的な行動療法の本を探し『新行動療法入門』と『方法としての行動療法』を購入しました。
ただ本来の系統的脱感作法はイメージを用いるにせよ実際の状況に曝露するにせよ「意図的に」症状に直面するわけですが、私の場合PTSD様のフラッシュバックを伴っているため「意図せずに」症状が引き起こされてしまい、しかもその症状(切迫した失禁恐怖や、膀胱の辺りの圧迫感や痙攣する感覚)が長時間持続します。
そのため系統的脱感作法を実施しつつも、どこかエクスポージャー法のような感じになっている嫌いもあります。
※その後「方法としての行動療法」でPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療にはエクスポージャー法と認知再構成法(リフレーミング)の併用が有効であることを知りました。
系統的脱感作法の手順に従い、まずリラクゼーションを行いました。ちなみにリラクゼーションの技法は最初漸進的筋肉弛緩法を試したのですがあまりリラックス感を感じらなかったため慣れている自律訓練法に変更しました。
続いてイメージの中で失禁恐怖症の症状に直面し(といっても大抵PTSD様のフラッシュバックで勝手に症状が引き起こされるのですが)その恐怖の度合い(強さ)を評価し、その後再び自律訓練法によるリラクゼーションを行いました。
| 不安度 | 不安の状況 |
|---|---|
| 1 | いつでもトイレに行ける状況で尿意を少し感じる |
| 2 | いつでもトイレに行ける状況で尿意を感じる |
| 3 | 人前ですぐにトイレに行けない状況に直面し尿意を少し感じる |
| 4 | いつでもトイレに行ける状況で尿意を強く感じる |
| 5 | 人前ですぐにトイレに行けない状況に直面し尿意を感じる |
| 6 | 人前ですぐにトイレに行けない状況に直面し尿意を強く感じる |
| 7 | いつでもトイレに行ける状況で今にも失禁しそうな恐怖に直面 |
| 8 | いつでもトイレに行ける状況で膀胱の辺りが痙攣を起こしパニックになる |
| 9 | 人前のすぐにトイレに行けない状況で今にも失禁しそうな恐怖に直面 |
| 10 | 人前のすぐにトイレに行けない状況で膀胱の辺りが痙攣を起こしパニックになる |
すると不思議なことが起こりました。失禁恐怖の不安階層表を作成しただけで気持ちが楽になったのです☆
失禁恐怖の不安階層表を作成しただけでもう半分仕事が済んだ(失禁恐怖症の自己治療が済んだ)かのような気分になったのでした。
おそらくこれは不安階層表を作成できたことで、失禁恐怖症の自己治療の見通しがついたことによる気分の変化だと思われます。
新行動療法入門@通販
方法としての行動療法@通販
個人的には方法としての行動療法の方が自身の心理カウンセリングに取り入れられる部分が多くに役に立ちました。
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そこでウィキペディアのPTSDの項目でPTSDの治療に一番効果的な心理療法と書かれていたナラティブセラピーを試そうと思ったのですが…失禁恐怖が強すぎるためか、その精神的余裕がありません…
まず布団の上に仰向けに寝て体をリラックスさせました。次に失禁恐怖症の症状(失禁恐怖・動悸・手の平の発汗など)を自覚しました。そしてそれぞれの症状に対して自己暗示をかけリラックスできるように試みました。例えば次のような自己暗示をかけました。
「おしっこが漏れそうになってもリラックスしていられる」
「動悸がしてもリラックスしていられる」
「手の平に汗をかいてもリラックスしていられる」
このような自己暗示によるリラックス法を30分以上行っていると、やがて膀胱の感覚が失禁恐怖とは呼べないほど穏やかなものになり、それにしたがい不安感も減っていきました☆
PTSD様の膀胱の痙攣のフラッシュバックをすぐに止めることは無理としても、失禁恐怖症に伴う不安感を取り除くことは今の私にとってとても有益なことのように思えました。
そこでさっそく「自律訓練法―不安と痛みの自己コントロール」を購入しその本のリラックス法を試してみました。
そして「自律訓練法―不安と痛みの自己コントロール」で紹介されている様々な自己暗示によるリラックス法を続けることで、ときおり不意に襲ってくるPTSD様のフラッシュバックの恐怖に対しても何とか対処することが出来ました。
自律訓練法-不安と痛みの自己コントロール@通販
私見ですがこの本で紹介されている自己暗示によるリラックスや痛み・不安のコントロール法はシュルツの考案した自律訓練法とは異なると思います。
したがってリラックスや自己コントロールのトレーニングにはなりますが、自律訓練法のトレーニングにはならない点はご注意ください。
*関連ブログ:頭と手のしびれはビタミンB12不足が原因?
失禁恐怖症の症状に駆られた原因は、いつ呼ばれるか分からないためトイレを我慢していたためです。
今にも失禁してしまいそうな恐怖でパニックになり、すぐにでもトイレに行きたい衝動に駆られましたがCTスキャン中のため体が固定されていて身動きが取れません(@_@;)
やがて膀胱の辺りの筋肉が痙攣を起こし始め感覚が麻痺したような感じになり「もう駄目だ、失禁してしまう」とパニックが頂点に達したとき、幸いスキャンが終わり失禁恐怖症の症状から解放されました。
私にはもともと失禁恐怖症の既往歴があり、ときどき失禁恐怖に駆られることがありますが、トラウマになりかねないようなここまで強い失禁恐怖体験は久しぶりでした。
*PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、犯罪や災害・戦争・虐待などによる極度の精神的ストレスを原因として生じるとされる精神疾患で、極度の精神的ストレスを引き起こした心的外傷体験(トラウマ)が繰り返し回想(フラッシュバック)や夢(悪夢)の形で再体験されることが特徴です。
この説明から分かりますように、PTSD(心的外傷後ストレス障害)とはもっぱら状況因(外的要因)から生じる精神疾患であると一般的には考えられています。
またフラッシュバックや悪夢による心的外傷(トラウマ)の再体験は、心的外傷時に生じた脳の海馬や扁桃体の器質的異常あるいは機能障害が原因と推定されています。
椅子に座ってパソコンを使っていたとき突然膀胱の辺りに異常な感覚を感じ、猛烈にトイレに行きたくなりました。
それでも30分前にトイレに行ったばかりなのに尿意を感じるはずがないと思い我慢していると、やがて膀胱の辺りが痙攣して麻痺するような感覚に襲われました。
つまりつい先ほど体験した失禁恐怖症の症状と同じ症状に再び襲われたのです。しかも今回はいつでもトイレに行ける状況であり、失禁恐怖症の症状に駆られる理由がないにもかかわらずです。
そのときこれはPTSDのフラッシュバックのような体験であると悟りました。
こうして私は精神力で失禁恐怖症に関するPTSD様のフラッシュバックをなんとか克服することができたのです。
※精神分析家オーウェン・レニックの『実践的精神分析入門』によれば、PTSDのフラッシュバックに苦しむクライエントの思考パターンには「最終的には難を逃れ助かった」点が欠落しており、その点を意識して安堵感を感じることが治療上有益であると述べています。
関連ブログ:PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状への罪悪感・性格因の影響-実践的精神分析入門
さらに次の日も今度はスターバックスでお茶しているとき、しかもトイレに行った直後に膀胱の辺りがしびれるような感覚がフラッシュバックとして襲ってきて、また「絶対にトイレに行かないぞ」と誓い、PTSD様のフラッシュバックと戦い続けました。
私がなぜこのような対処法を取るのかといいますと、それはユングの体験の影響が大きいと思います。
『ユング自伝』の中でユングは子供の頃の体験について語っています。それはPTSDのフラッシュバックや失禁恐怖症とは異なりパニック発作ですが、そのときユングは「絶対克服してみせる」と誓ってパニック発作と格闘し続けたそうです。
そして三度目のパニック発作を克服した後、二度とパニック発作に襲われることはなかったそうです。
このユングの体験談が私をPTSD様のフラッシュバックと格闘し続けさせているような気がします。
私にとって失禁恐怖症に関するPTSD様のフラッシュバックへの対処法(回復)は精神力です!
今回の失禁恐怖症に関するPTSD様のフラッシュバック体験から、PTSDのフラッシュバックとは知覚に限定されるものではなく、身体感覚のフラッシュバックというものが存在することを知りました。
※後日PTSDのフラッシュバックについてウィキペディアで調べたところ「フラッシュバックは恐怖などといった感情や味覚、痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る」とPTSDのフラッシュバックでは感覚(身体感覚)の再体験もあり得ることが記述されていました。
最も私を恐怖に陥れたのは膀胱が痙攣して麻痺つまりコントロールを失い、それまでは可能であった「小便を我慢する」行為が不可能になってしまったため失禁してしまう恐怖でした。
もしかしたらPTSDのフラッシュバックでは最も恐怖を感じたことが再体験されるのかもしれません。
だとするとPTSDのフラッシュバックの治療では、まず何が一番クライエントさんを恐怖に陥れたのかを「詳細に」調べ、そのことが治療の出発点になるような気がします。
そのような辛い症状が続くうち食欲不振によるエネルギー不足からでしょうか、常に疲労感を感じ何をするにも気力がうせてきました。
食欲不振・気力減退…どうやらうつ状態(抑うつ状態)になってしまったようです…
このまま うつ状態が続けばやがて本当にうつ病になってしまうかもしれない、そんな不安が頭をよぎりました。
そこで再度心療内科を受診したところ、これまで処方されていたSSRIに属する抗うつ薬パキシルの他に三環系の抗うつ薬アモキサンと、少しでもカロリーを摂取するためにエンシュアリキッド*という栄養ドリンクが処方されました。
最初の診断は身体表現性障害(心身症)ですが、なぜか抗うつ薬を二種類も飲むようになってしまいました。うつ病ではないのですが…
*関連ブログ:経腸栄養剤エンシュアリキッドの美味しい飲み方
]]>そこで無理してでも食事をするのですが、食べ物を口に入れるとすぐに気持ち悪くなってしまいます。
こうして嘔吐恐怖症のような症状までが引き起こされました。
私は幼稚園から中学校の頃まで人前で食事(会食)をしようとすると吐き気がする嘔吐恐怖症に悩まされていましたが、今はそのときの状態に戻ってしまったような感じです…
急いで心療内科を再受診し薬(抗不安薬と抗うつ薬)を増やしてもらいましたが、それでも症状の悪化に歯止めはかかりませんでした…
もしかしたら身体表現性障害(心身症)の症状が治まっていることを良いことに「もうこれで完治できる」と薬を減らすペースが速すぎたのが症状再発の原因なのかもしれません。
]]>寝る前に飲む睡眠薬・睡眠導入薬・抗不安薬などの薬が一日分足りないことに気づきました。もしかして薬を飲み間違えたのではないかと思い夕食後に飲む薬を調べてみますと、こちらの薬は逆に一日分多くなっていました。
寝る前に飲む薬を間違えて夕食後に飲んでしまっていたのです…
おそらく薬を飲み間違えたのは帰省時だと思われます。心配をかけたくないと思い身体表現性障害(心身症)のことは黙っていましたので、毎回人目を盗むようにして薬を飲んでいました。
そのときによく確認もせず薬を飲み間違えてしまったのでしょう。
睡眠導入薬とは寝つきを良くする、つまり催眠作用のある薬ですが…1時間近くたっても眠れません…おまけにやっと眠れても4,5回も中途覚醒を繰り返しました…
睡眠導入薬だけでは効かず不眠(睡眠障害)になってしまったのでした。
どうやら睡眠薬は急に止めると途端に不眠(睡眠障害)になってしまうようです(T_T)
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そこで最初に身体表現性障害(心身症)の可能性を指摘し心療内科の受診を勧めてくれた眼科の先生に相談してみたところ「そんなヤブ医者のようなところに行くよりも、ちゃんとした心療内科に行ったほうがいいんじゃないの」と別の心療内科を紹介してくれました。
(腕は良いのですがハッキリとものをいう先生なのです^^;)
こうして私は身体表現性障害(心身症)の症状を完治すべく心療内科のセカンドオピニオンに踏み切りました。
事前に問診表で「薬を飲むことに抵抗はない」に○をつけはしましたが「こんなにたくさんの薬を飲んで副作用が出たりしないのか」と不安になるほどの種類の薬が処方されたのです。
しかしセカンドオピニオン医の話では「それぞれ最低限の容量しか処方してないので副作用の心配はそれほどない」とのことでした。
またこれだけの種類の薬を飲み続けることへの不安から「身体表現性障害(心身症)はどれくらいの期間で治る病気なのか」お尋ねすると「半年から人によっては数年」との答えが返ってきました。
うつ病について自らの体験談を交えて解説したサイトです。
]]>『アタッチメント障害とその治療』という、発達心理学者・精神分析家のボウルビーの愛着理論を基にしたアタッチメント障害(愛着障害)の治療の本を読んでいたとき、上述の文章から子供の頃の父親との人間関係の記憶が想起されました。
それは父親・母親・弟と家族4人でボーリング場へ遊びに出かけたときの記憶でした。
見る見るうちに表情が険しくなっていく父親(@_@;)
そのため上手く投げられない度に、申し訳ない気持ちで一杯になりました…
「真面目にやれ!」
とうとう父親の怒りが爆発。
「お前らみたいな不真面目な奴と遊んでも楽しくも何ともない! 恥ずかしいだけだ! 帰るぞ、馬鹿どもが」
母親の「誰だって最初から上手くできるわけないでしょ」との理屈も父親には何の意味もありませんでした…
帰り際さらに父親の怒りを助長させるような失敗をしてしまいました。ボーリング場へ行く前に買ったマンガの本をいつの間にか失くしてしまったのです(T_T)
「ボケーっとしてるからこんなことになるんだ! だからお前らと一緒に出かけるのは嫌なんだ!」
このように家族で遊びに出かけるときに父親の怒りが爆発するのは日常茶飯事で、家に帰るまで一度も父親の怒りが爆発しなかったときはなかったと記憶しています。
子供の頃の私にとって父親同伴で出かける遊びの時間は、いつ父親の怒りが爆発するか分からない恐怖から緊張を強いられる時間以外の何ものでもありませんでした(@_@;)
よく対人恐怖症の人は「人前で上手く振舞おうと思うあまり逆に緊張してしまい、かえってぎこちなくなってしまう」と言われますが、私にもその傾向があり、完璧な人間関係を期待しつつもそれが叶わず恥ずかしい思いをよくします。
子供の頃から家族で遊びに行くたびに父親から上手くできない(もちろん何をどう評価するかは父親次第です)ことで不真面目だと怒鳴られた体験の積み重ねは、心の中に人間関係における「上手く振舞う」ことへの固執という対人恐怖症に共通した完璧主義の信念を形成させたとしても不思議はないように思えます。
少なくても父親の前では、何事にも上手くできないことは許されないことでした。
たとえば「焦る悪夢@夢日記」の夢の中で私は、以前にその道を通って迷った経験があるにもかかわらず、時間がないので何が何でもその道を行かねばならないという焦りからか「今回は大丈夫だ」と根拠のない自信を覗かせ(万能感)、また夜に暗い山道に入ることの危険を一切考えないようにしています(否認)。
おそらくこのようなときの私は、焦る気持ちの苦痛から逃れることで頭がいっぱいで、冷静な判断力を完全に失っているのでしょう。
なにしろ約束の時間を守るためとはいえ、命の危険を顧みないのですから…
一つめの記憶は写真教室で行った高尾山での出来事です。写真を撮りながら山道を登った後、簡単なミーティングをして解散、後はリフトで降りるだけでした。
しかしそこで悲劇は起こりました。リフトに乗ろうとした瞬間、急に高所恐怖症の症状に襲われたのです(@_@;)
正直高い所が全然平気というわけではありませんでしたが、子供の頃からスキー場のリフトには乗り慣れていましたので、まさかそれよりも低い高さ(2~3m)を移動するリフトで高所恐怖症になるとは夢にも思いませんでした。
そのため突然の恐怖に狼狽して完全にパニックになってしまいました(@_@;)
そのときの私の頭にあったのは恐怖から逃れるために「一刻も早く飛び降りなければならない」ということだけでした。しかしいざ飛び降りようとすると、やはり恐くて足がすくんでしまいます。
また自己愛の強い性格(抑うつ型自己愛性人格ないし回避性人格)ゆえか、みっともない真似はしたくないという恥ずかしさも相当感じていました。
すると今度は次のような考えが頭に浮かんできました。
「大丈夫だ、これくらいの高さなら大した怪我もしない。勇気を振り絞って飛び降りさえしたら、あとは何とかなる。恐いのは一瞬だけだ。すぐに楽になる。」
こうして私は勇気を振り絞って?飛び降りました(@_@;)
幸い怪我はありませんでしたが、後から思えば2~3mの高さとはいえ足場の悪い斜面に重い三脚を背負ったまま飛び降りたのですから相当危険な行為で、よく飛び降りることができたものだと思います。
高所恐怖症でパニックになった際に生じていた私の思考(自動思考?)には、上述の夢と同様に(死の恐怖は大げさかもしれませんが)恐怖心の否認と万能感とが見て取れ、その常軌を逸した思考が私を向こう見ずな行動へと駆り立てたのでした。
そのときはパソコンのメンテナンスの仕事で客先で作業をしていたのですが、蒸し暑かったため窓の開けて作業をしていました。
上司が別の現場に呼び出されて一人になったときです。何気なく下を見下ろすと当然ながら恐さを感じたのですが、恐さを感じただけではなく、そのまま窓の外へ引き込まれそうな感覚に襲われたため、その場に釘付けになり動けなくなってしまいました。
そのとき別の自分?の声が囁きました。
「ここから飛び降りたら楽になれる」
つまり「飛び降りて死んでしまえば高所恐怖症の恐さから逃れられて楽になれる」という理屈です。
その悪魔の囁き?につられるようにして「そうだ勇気を振り絞って飛び降りねば。痛いのは地面に激突した一瞬だけだ。あとはすぐに楽になれる。」
そう何度も自分に言い聞かせて飛び降りようとしました。
しかし最終的には飛び降りることができませんでした。なぜなら9階程度の高さから飛び降りても即死するとは限らないように思え、もし即死でなかったらその後も痛み、それも激痛に苛まれることになります。
私は一度交通事故の経験がありますが、事故の際の痛みだけでなく、筋肉の緊張による筋肉痛のため事故の晩は一睡もできませんでいた。
その辛さを身をもって体験していたため、結果的にその痛みを思い出すことで、痛みへの恐さから後ずさりして飛び降り自殺を思い留まることができました。
もし過去に交通事故でリアルな痛みを体験していなかったとしたら…深く考えもせずに飛び降りて本当に自殺してしまっていたかもしれません。
それほどあのときの私の心理状態は追い詰められていました(@_@;)
ここでも先の夢やリフトに乗った際の高所恐怖症のときと同様に、とにかくその場の苦痛から逃れるために死への恐怖が否認されています。
これはあくまで今回の夢分析から得られた自己洞察からの考察に過ぎませんが、絶望感が自殺を引き起こす大きな原因だとしても、おそらく誰もが感じるであろう死への恐怖心が否認されない限りは、最後の一線を越えて自殺を実行することはできないように思えます。
あくまで私見ですが。
もっとも高所恐怖症の発症時に自らのネガティブかつ危険な自動思考に気づき、それを修正するような精神的余裕はおそらくないと思われます。
したがって危機回避のためには、日頃から認知行動療法などの心理療法を用いて自らの破壊的な自動思考を修正していくことが現実的な対処方法ではないかと考えられます。
また認知行動療法は、認知療法だけでなく行動療法の部分をしっかりと行いさえすれば、高所恐怖症をはじめとした他の恐怖症やその他の不安障害・気分障害(特にうつ病)に高い治療効果を持つ心理療法であることが知られています。
]]>ゲシュタルト療法(ゲシュタルトセラピー)とはフレデリック・パールズという心理療法家が開発したイメージ療法の一種で、精神分析理論では対象関係*と呼ばれる「心の中の他人のイメージ」との対話を通して心の病の治療や自己成長を促す心理療法です。
*精神分析理論によっては実際の対人関係の方を「対象関係」と呼び、心の中のイメージとの関係は「内的な対象関係」と呼ぶ場合もあるようです。
*ここでの「外傷的な出来事」にはトラウマ(心的外傷)と呼ばれるような深刻な出来事のみならず、たとえ軽度でもアダルトチルドレンの方にとって苦痛と感じられるような出来事を繰り返し体験することも含まれます。
そのためアダルトチルドレンの方は少なくても一人以上の他の家族に対して非常に強い恐怖心を抱いているケースが多く、中にはその家族の(恐い)イメージが心の中に居座ってしまっている方も少なくありません。
特に後者のようなアダルトチルドレンの方の場合、たとえ家を出て別の場所で暮らし始めたとしても、心の中のその家族のイメージからは逃れることができないため、その家族のイメージからの容赦ない非難や、あるいはその家族の登場する悪夢などで繰り返し苦しめられることになりかねません。
※内在化された他の家族のイメージは明確に意識されているとは限りません。
むしろあまりに恐怖心が強い場合は、漠然とした不安・いわれのない自責感・容赦ない自己非難などの形を取ることが多いようです。
後者のような現実の家族のみならず、その家族のイメージもが脅威となってしまっているアダルトチルドレンの方にとって、心の中の恐怖に満ちた家族イメージからの影響が少なくなるだけでも、いえ、どこに逃げても付きまとってくる心の中の恐怖に満ちた家族イメージの変容こそがアダルトチルドレンからの回復に不可欠とさえ言えるのかもしれません。
ゲシュタルト療法はクライエントさんの対象関係(内在化された他者のイメージ)をより役立つものへと変容させることを目的としているため、後者のような心の中の恐怖に満ちた家族イメージに苦しめられるタイプのアダルトチルドレンの治療に対して非常に効果的な心理療法と考えられます。
具体的には例えば自己非難の内容に対して「そんな風なことを○○さんに対してよく言う、あるいはいかにも言いそうな人で、どなたか思い当たる人はいらっしゃいませんか?」とお尋ねすれば、多くの場合人物が特定されます。
もっとも「自由に」と言われてもかえって困惑されるクライエントさんもいらっしゃいますので、そのようなときは心理カウンセラーの方から提案する必要があります。
例えば私の場合は「何かこの機会に伝えたいことはありませんか」あるいは「本人を目の前にしては言えないことでも、イメージの中でなら話せそうなことはありませんか」などとお尋ねすることが多いです。
また仮に有益な洞察が得られない場合でも、その行き詰まりの状態が次なる展開のための介入のヒントにもなり得ますし、そのようなときこそ心理カウンセラーとしての真価が試されるときでもあるはずです。
※余談ですがゲシュタルト療法の中には、声を上げて泣くなどの激しい感情表現がなければ十分な治療効果は得られないとする理論もあるようですが、外傷体験の当事者のイメージと対話することを考えますと、おそらく大多数のアダルトチルドレンの方にとっては(イメージと)話をするのがやっとで、激しい感情を顕わにするなど恐くてできない相談のように思えます。
家族療法や自己心理学によるアダルトチルドレンの治療のように直接家族と対話するのが恐くてできないからこそゲシュタルト療法を用いるのに、その恐怖心が強すぎると治療に使えないとは確かに矛盾しています。
しかし内在化された家族のイメージがあまりに恐ろしい性質の場合、そのイメージを想像するだけでもアダルトチルドレンの方に激しい恐怖心を引き起こしてしまう場合が実際にあり得ます。
このように恐怖心の非常に強いアダルトチルドレンの方の場合、治療に際して家族との直接対話はもちろん、家族のことを話題にすることさえ慎重にならざるを得ません。
したがってこのようなアダルトチルドレンの方のケースでは「急がば回れ」ではないですが、直接家族のことに言及することなく治療を進める必要が出てきます。
次回のブログでは家族療法も自己心理学もゲシュタルト療法も使えない状況でもアダルトチルドレンからの回復に有効な心理療法として、ナラティブセラピー(より正確にはナラティブ・ジャーナリング・セラピー)を取り上げる予定です。
ゲシュタルト療法ガイド本
個人的には『実践・“受容的な”ゲシュタルト・セラピー―カウンセリングを学ぶ人のために』をお勧めいたします。
上述のブログで取り上げた番組ではドイツの富裕層の子供のみが通うことができるエリート校の学生の生活ぶりが紹介されていましたが、私には(したがって主観的には)彼らエリートの言動が「自分がいかに素晴らしい人間であり、反面所得水準の低い層の子供がいかに堕落した人間であるのか」に終始しているように思えました。
そのため私には彼らエリートが、自己愛性人格障害の診断基準を満たしているようにさえ思えたのです。
おそらくこのエリート学生の属する地域社会においては、私には自己愛性人格障害としか思えないような尊大な性格が、むしろ社会的に望ましい性格として推奨されているものと考えられます。
*この場合、適応障害で規定されるストレス因子としては「あまりにも大きな価値観の違い」などが考えられます。
たとえば先のエリート社会の中に、常に自信満々に振舞うことにためらいを感じるようなタイプの人がいたとしますと、その人は周囲の人から「自分に自信のない弱気な人間」悪くすれば「自尊心に(重大な)問題のある人間」とのレッテルを張られる可能性さえあるように思えます。
*症状などの観察可能な現象をよりどころとして診断を下す診断方法。
**ここで「暗に」とあるのは、操作的診断基準には人格障害とは別に適応障害の診断名も存在するためです。
たとえばDSM-IVのパーソナリティ障害の章には、全般的な診断基準として「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験(主観的体験)および行動の持続的様式」との記述があります。
この文面から察するに、人格障害(パーソナリティ障害)という精神疾患の診断基準が、クライエントさんの属する文化で共有される価値観や常識などに大きく依存していることが伺えます。
また同時にこのことは、クライエントさんの属する文化(地域社会)で共有されている一般的な人物像のイメージが分からなければ人格障害の診断もできない、言葉を変えれば人格障害の診断のためにはクライエントさんの属する地域社会のことを詳しく知ることが必要であることを示しているように思えます。
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